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ひと言掲示板

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風・流 シリーズ2「素踊り」

歌舞伎の舞台ではあまりお目にかかれませんが、日本舞踊には「素踊り」というジャンルがあります。芝居のように、衣裳やカツラを附けることなく、紋付きはかま姿、顔も素顔、大道具なども飾らずに屏風(びょうぶ)だけで踊ることを、「素踊り」というのです。(【風・流】坂東 三津五郎〈2〉 : 伝統芸能 : 舞台 : エンタメ : YOMIURI ONLINE(読売新聞))

三津五郎さんの「風・流」2で素踊りについて解説しています。

いつもは衣裳をつけて踊る「三社祭」を勘三郎さんと素で踊った時の苦労など、興味深いお話です。

歌右衛門八ツ橋初役の時の写真

五月の半ば、葵祭と新緑の青葉を見に京都へ行ってきました。もみじの紅葉の時には多くの観光客が訪れる高雄ですが、青葉の時は人もまばらで、ゆっくりと回ってこられました。

さて、今まで立ち寄ったことがなかった井筒八ツ橋本舗本店北座ビルに行って、5階の博物館を見てきました。なかなか面白かったです。一番は、歌右衛門が八ツ橋を初役で演じた時の写真です。楽屋?で八ツ橋の商標のような宣伝の紙を手に持って写っている写真です。綺麗で可愛いんですが、凛として品があります。八ツ橋の宣伝に一役かったのでしょうか。一見の価値ありです。二番目は、二代目松緑プレゼントの舞子さんのカツラがあります。いろんな結い方の鬘が沢山陳列してあって、これも楽しいです。

明治の南座河原町通りを写した写真も貴重ですね。その他歌舞伎関連の本もありました。

南座の前を渡ってすぐの川端通り沿いですから、一度訪ねて行かれると良いと思います。

井筒八ツ橋本舗本店北座ビルhttp://www.yatsuhashi.co.jp/store/store09.html

團菊祭初日夜の部

團菊祭の初日が開きました。去年は團十郎さんの復帰で客席も舞台もみんな喜びに湧いていました。さて今年の團菊祭は十七世羽左衛門さんの七回忌追善で三兄弟、孫総出で「女暫」が追善狂言として選ばれました。

「女暫」:巴御前の萬次郎が大役に挑みます。花道の出は「地味だなぁ」と感じましたが、ツラネはメリハリがきっぱりとしていて、言葉が生き生きと聞こえて良かったです。「このお姉さんなら頼みがいがあるなぁ」という気がしました。歌右衛門、雀右衛門より巴御前という人物に近かったように思います。女の愛嬌も充分あり、三津五郎の楽屋番との絡みも楽しかったです。他に松緑、菊之助はじめ大勢の花形役者さんが花をそえます。中でも海老蔵の成田五郎が出てくると、いっきに「暫」のカラーになってしまいます。この人が今回の「女暫」を盛り上げていたように思います。

「雨の五郎」:松緑は五郎が似合います。歌舞伎座ですから絡みがもう二人加わっても良かったかと思います。私は黒の衣裳のほうが好みですが、白も華やかですね。

「三ツ面子守」:この踊りは坂東流らしい振りで、三津五郎の魅力が堪能できて楽しかったです。引っ込みのきっかけの三味線が間違って早く弾いてしまったのには驚きました。初日のハプニングでしょう。

「め組の喧嘩」:理屈なしで楽しい。菊五郎の辰五郎がカッコイイ、セリフも声もよく、江戸っ子の粋でいなせな鳶頭そのまんまです。四ツ車の團十郎との丁々発止も見ていて楽しい。

最後の立ち回りは劇団の持ち味を活かして、スピード感ありユーモアあり、幕になって「ああ、楽しかった」といい気分で帰れます。出演者もこれは発散できてうれしいでしょうね。

「元禄忠臣蔵」第一部 三日目観劇

開場40周年記念公演として、今回この演目を選んだことに意義を感じます。

現在活躍の役者さん達は歌舞伎の将来に危機感を持っていて、何か新しいことをしなければ、現代のお客さんにも分かりやすいお芝居を、と皆さん考えています。その前向きな姿勢が感じられ、最近の舞台は活気を呈し毎月目が離せません。

しかし、あまりにも観客を意識しすぎて、上っ面の面白さに頼っているようなきがします。

今回、真山青果の「元禄忠臣蔵」を見ると、これが求めているものなんだ、と気が付きました。青果の戯曲は史実を踏まえ、骨格もくっきりと描かれ、人物の性格も対位的に書かれています。そしてセリフが長いことも特長です。

三日目ということで、数人の役者さんはまだ完璧に入っていませんでしたが、長セリフの応酬は目が覚めるように鮮やかで、思わず引き込まれてしまいます。

私の頭の中では「仮名手本忠臣蔵」が基盤にありますので、史実はこうであったのか、この人は歌舞伎のあの役名の人のことか、等思いめぐらすのも面白かったです。

配役についても今月は適材適所、主演の大石の播磨屋はもちろん上々の出来、梅玉の浅野内匠頭、富十郎の井関徳兵衛、も良し、しかし何と言っても今月のキーパーソンは多門伝八郎・堀部安兵衛の二役を演じている歌昇です。

国立劇場でなければ出来ない企画、しかも3ヶ月にわたる通し上演、久々に見る硬派のお芝居、歌舞伎座は行ったことあるけど国立は・・・と思っていらっしゃる方、是非是非、見に行って頂きたいです。今回見逃すと数十年見られないと思います。

姫路城の天守閣の逸話

本日23日の東京新聞に興味深い記事が載っていましたので、ご紹介します。

<世界文化遺産で白鷺城の名でも知られる国宝姫路城の天守閣が、終戦直前の姫   路空襲で焼夷弾の直撃を受けたものの、不発だったために、炎上を免れたとみられることが、当時、不発弾処理にあたった元仕官の証言で明らかになった。(略)不発弾処理の専門将校だった鈴木氏の手記ー空襲翌日昼ごろ城内に入り大天守の最上階南側の床板に焼夷弾の不発弾が横たわっていた。~屋根の軒瓦四枚を吹きとばし、窓から斜めに突っ込んだ様子、~城外に運び出して爆破した。ー米軍の意図的なものではなく、全くの偶然だった。「軌跡と言われた姫路城残存の陰で、そうした逸話があったということは大変興味深い。」と姫路市平和資料館の加古雄三館長は話している。>

今月「天守物語」が上演されているさ中に、この記事を知って感慨深い。「人間には計り知れない力」が働いてあの焼夷弾は不発に終わったのではないでしょうか。

長唄「藤娘」

≪文政9年9月、江戸中村座の第二番目狂言「けいせい反魂香」の大切所作事として初演された変化もの。外題を「歌えすがえす余波大津絵」かえすがえすおなごりおおつえ、としたのは、二代関三十郎が、大阪上りの名残の意を含めてある。五変化(藤娘・座頭・天神・奴・船頭)の一つで四代杵屋六三郎の作曲。「けいせい反魂香」の吃又の浮世又平の狂言の趣向を借りて、又平の描いた大津絵が抜け出して踊り出すことに見立てられたもの。従って、大津絵の襖もしくは屏風絵が抜け出す趣向が、本来の型であるが、六代目尾上菊五郎が、昭和12年3月に初演して以来、小村雪岱.と相談して藤の花の精という心で、舞台も、中央の松の古木に、大輪の藤の花が一面に下がった背景を用いたのが、今日に流行している。≫名作歌舞伎全集第十九巻 解説郡司正勝

この説明を読むと今月のように、ども又の後に「藤娘」は格好の取り合わせなのですが、本来の大津絵から抜け出す趣向ではなく、六代目の趣向になっています。舞踊会でもみんなこちらで踊っています。過去二、三回ほど大津絵の屏風のをみたことがあります。

舞台いっぱいに下がった藤の花房をバックに、暗転からいっきに明るくなって、藤の精が現れる演出の素晴らしさには感心致します。

「藤娘」といえば、梅幸を想い出します。明るくておおらかで、可愛い舞姿は忘れられません。歌舞伎座2階に梅幸の「藤娘」の絵があります。そして林嘉吉さんが撮った写真は切手になりました。

唄いだしが、伊十郎のレコードなんかと違っています。参考までに書き出しておきます。

暗転の中から聞こえてきます。「春いつか、暮れて行方は白浪の、立つ風もなきにおの浦、昔ながらに咲く花の、時に近江の松の藤浪」ここで照明が点いて「人目せき笠、塗り笠しゃんと~」と踊ります。

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團菊祭 「保名」と「藤娘」

「傾城反魂香」の又平、「保名」「藤娘」は六代目が新しい演出を考え定着したものです。特に「保名」は五世清元延寿太夫と復活し、背景や幕切の演出も斬新で評判になりました。六代目から梅幸、菊五郎そして菊之助と継承されてきました。私が初めて歌舞伎を観たのが梅幸の「保名」でした。小学校5年生の目にはあの色彩と梅幸の品の良い貴公子ぶりが強く印象に残りました。菊之助の「保名」を観ましたら、初めて観た梅幸の「保名」に重なり、私の中の「保名」のイメージにぴったりはまりました。細部の踊りについてはまだ未完成ながら、身体から発する雰囲気は合格といった感じです。

「藤娘」に「藤音頭」を挟むのも、長唄、鳴り物をハの字に向かい合わせにするのも六代目の演出です。今日では舞踊会でもこちらが主流で「潮来出島」で踊る人は稀になりました。暗転で一瞬にパアーと明るくなって藤の精がいるというのも効果的な演出です。フランス人もびっくりでしょう。海老蔵の女形は細身できれいですが、手が大きくて男の手だなと感じてしまいました。愛らしい娘になっていて、イヤミのない色気があって良かったのですがちょっと残念です。しかし女の踊りも勉強しなくてはという気持は大事です。臆せずどんどん挑戦して下さい。

三年ぶりの團菊祭

「待ってました!」團十郎さんがお元気な顔で「外郎売」に出られました。揚幕から声が聞こえた瞬間胸がいっぱいになりました。会場の皆さんは暖かい拍手で迎え、同じ舞台に出て居られる役者さん方も全員うれしそうでした。この一幕は実に歌舞伎らしい舞台でおおらかで明るくて良かったです。まるで顔見世のような豪華なキャスト、途中口上めいたご挨拶があります。

一番うれしかったのは?海老蔵さんは父より自分のほうがうれしいと思う、と言っています。音羽屋はお客様がやはり一番うれしいでしょう、と言っています。しかしやっぱりご本人が一番うれしいのではと思いますね。かなり辛い治療を克服して退院できたのですから。これからもゆっくりで良いですから素晴らしい舞台を見せて頂きたいです。

海老蔵初役の勘平

 今まで見た勘平には感じなかった雰囲気を、海老蔵の勘平で味わいました。それはあたかもドラマでよく見る光景のようでもありました。

 思いがけず大金が手に入り、一刻も早く知らせたいと喜んで帰ってきます。夕べの雷の話しやら何かを姑やお軽に話したり、家に帰ってきて着替えをしたりします。何気ないここの芝居は、「落人」の戸塚からようよう山崎まで落ち延びて、ひとまずお軽の実家に舅、姑と一緒に暮らすことになったここでの暮らしの始まりを表しています。暗い過去を背負ってはいても、愛する女房との生活は楽しいものです。狩りから戻って家人と話すやりとり、気配りに新婚の華やぎを感じました。仕事から戻った婿さんがマンションのドアを開けて「ただいまー」と女房に話しかけ、女房の母親に気遣いして・・・今と変わらないその場の雰囲気を表現していると思いました。

 「助六」も古い芝居を型通り演じるのではなく、今の等身大の助六を感じました。とても魅力的でカッコイイ助六でした。昔の人を演じるのではなく、今の時代、自分に置き換えて、自分の言葉で話しているように思います。海老蔵という役者はハラがあって、心の軌跡をしっかり持ってその役になっているのだと思います。だから恋人と駆け落ちして新しい生活がスタートしたうれしさが自然とでてくるのではないでしょうか。この華やぎが後の悲劇を引き立たせます。お金の工面ができた喜びはどの勘平にもありますが、新婚の華やぎを感じたのは今回初めてです。

こんぴら歌舞伎 花の雨

「花の雨、濡れに曲輪の暁に~」巳太郎さんの三味線にのって、花道より海老蔵の不破伴左衛門が、そして仮花道より三津五郎の名古屋山三が出てきます。ご存知「鞘当」の華やかな仲之町の場です。金丸座の桜は満開ですが、小屋の中は花吹雪!さくらの花びらが散ってきます。なんて素敵なんでしょう。

初代團十郎より、不破は市川家の家の芸です。成田屋の御曹司が力強く務めます。

不破「遠からん者は音羽屋に聞け、近くは寄って目にも三升の寛かつ出立、今流行の    白柄組、通い曲輪の大門を、這入れば忽ち極楽浄土、虚空に花の舞いわたり、」

山三「歌舞の菩薩の君達が妙なるみ声音楽は、まことに天女天下り、花降りかかる仲之町、色に色あるその中へ、ごろつき組かいかずちの、」

不破「これを知らずや稲妻の、はじまり見たか不破の関、せきにせかれて目せき笠、ふられて帰るか雨に鳥、」

山三「濡るる心の唐傘に。塒かそうよ濡れ燕、濡れにぞ濡れし彼の君と、」

不破「くらべ牡丹の風俗は、」

山三「下谷、上野の山かつら、」

不破「西に富士が嶺、」

山三「北には筑波、」

不破「思い競べん、」

両人「伊達小袖。」

七語調の渡りセリフが耳に心地よく入ります。とりわけ海老蔵の低音はお腹に響きます。このお芝居には理屈はいりません。とにかく華やかな仲之町の真ん中に私たちも紛れ込んで、舞台と一体になって楽しみます。この醍醐味は大劇場では味わえません。金丸座ならではのことです。「あ~あぁ、楽しかったなぁ、」

「あたまとり」でお遊びなんし!

毎月、歌舞伎好きの頭の体操のようなゲームを「ひとこと掲示板」で実施しています。「しりとり」ではなく「あたまとり」です。歌舞伎に関係のある言葉:外題・役名・役者名・屋号・セリフ・歌詞・作者等関連のある言葉、なんでもよろしいのです。あらかじめ私が当たりの言葉を決めておきます。その言葉を書き込むと「大当たり」と表示され、ゲーム終了となります。当たりの言葉は大概歌舞伎座より選んでいます。時にはヒントも出します。

今月も早速始めたいと思います。キーワードは今月歌舞伎座より、「ひとこと掲示板」にどうぞお出でなさいませ。

下記に具体的に説明致します。

「あたまとり」のルール

「ひと言掲示板」に先ず「      」にひらがなを入れます。その言葉の漢字表記を記入、コメントを書き込みます。
外題・役名・役者名・屋号・セリフ・歌詞・作者等関連のある言葉。
「や」「ゆ」「よ」に関しては小文字でなくて良い。例 まかしょ→まかしよ
「あ」「お」は生み字も可。 例 待ちかねましたわいなあ
旧かなづかいは使わない。  

点数は付きません。一つだけキーワードを用意します。その言葉が出たらゲーム終了。
この間にいつものひと言を入れても構いません。当たりが出るまで何日かかるか分かりませんが、状況に応じて私がヒントを出します。

例  「さぎむすめ」鷺娘。玉三郎の世界へドップリ!
   「あいあいがさ」相合い傘の五分と五分。新三の名セリフより
   「まちかねましたわいなあ」待ちかねましたわいなあ。吉野山、静のセリフ。

こんな感じで繋げていきます。

中村雀右衛門後援会 総会のご案内

◆ 日時 平成18年3月7日(火曜日) 18:00開場 18:30開会 

場所 帝國ホテル 光の間(本館中二階) 東京都千代田区内幸町1-1-1 電話:03-3504-1111  会費 15,000円 (当日のキャンセルは全額頂戴いたします。)

 ※会員でない方もご参加下さいませ。 連絡先 080-1073-6616 中村

今年の後援会総会は、帝國ホテルを会場に、着席ビュッフェにさせていただきました。総会は堅苦しくない程度の勉強会に、お誕生会は余興で楽しくと企画しております。雀右衛門丈、京屋ご一門とのなごやかな交流のひとときをお楽しみください。美味しいお食事もご用意いたしておりますので、ご友人をお誘いくださいますようご案内申し上げます。

講演 「雀右衛門丈と四半世紀」 / 講師 高橋睦郎(詩人)(中村雀右衛門公式ホームページ)

後援会に入会していなくても参加できるようです。高橋睦郎さんの講演を聞いて、美味しいお料理を頂いて、京屋一門の方と楽しい一時を過ごすのもよろしいかと思います。

「京鹿子娘二人道成寺」

二年前のお正月に初めて観た時の感動は忘れられません。何度も観ている道成寺で、こんなにも新鮮に感じたことはありませんでした。道成寺物といっていろんな道成寺がありますが、「男女道成寺」「双面道成寺」「奴道成寺」等は片方が違うキャラクターだったり。お面を使ったりと変化に富んでいます。しかし、この道成寺はいつもの振りで「光」と「陰」になって踊る(玉三郎のコメントによる)或いは姉妹のような恋人のような・・・妖しい魅力を感じます。今回は前回とちょっと変わったところがあると思うのですが、記憶が曖昧ながら、順に追って書いてみます。

聞いたか坊主があって、いよいよ花子さんの登場。竹本「月はほどなく出汐の・・・ひらり帽子の~」揚幕より菊之助がでます。七三で踊っていると「恋をする身は~」あたりでスッポンから玉三郎登場、ここで二人になります。「とがなき鐘を恨みしも」そろって鐘を観て、竹本いっぱい踊り、菊花子は舞台へ、玉花子は消えます。問答はいつもの通り、菊花子は烏帽子を三宝にのせて下手へ引っ込みます。準備する間「舞」の講釈などあり、所化は上手下手に分かれて座ります。

紅白の幕が上がると、烏帽子をつけた花子がタテに重なって立っています。後ろが玉三郎、前が菊之助、「花の外には松ばかり~暮れそめて鐘や響くらん~」花道に行き鐘を見上げ本舞台に戻り、普通は「鐘に恨みは数々ござる~」と続きますが、ここに乱拍子が入って、鼓との緊張した舞になります。謡い風に歌いながらは先だっての「船弁慶」と同じです。

「道成の卿うけたまわり、始めて伽藍たちばなの道成興業の寺なればとて道成寺とは名づけたり。」これは紀州道成寺の歌詞ですが、これ(多少違うかもしれません)を謡いながら乱拍子を踏みます。

吾妻徳穂の道成寺も乱拍子が入るのですが、自身では歌わず長唄でいきました。徳穂は、なまじ自分で歌うとぶち壊しになってしまうからと言っていました。最も声がしゃがれていて、かなりの悪声だったという事で止めたらしいのですが。

これは賛否両論だと思います。

さて烏帽子をつけた所は踊ってはいけない、烏帽子がふれてはいけないと言われています。ご両人格調高く品良く舞っていました。「真如の月を眺めあかさん」で烏帽子を取りますが、玉三郎は歌右衛門流に綱にかけます。菊之助は中啓の上に乗せ後ろに行きます。この演出はなかなかよろしいと思いました。

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ほんに今夜は節分か~

毎年節分には、お嬢吉三のセリフを思い出します。今年は歌舞伎座出演の役者さん達に厄払いをしてもらいました。3日夜の部「石切梶原」の後に豆まきがありました。幕が開くと、紅白の幕がバックにしつらえてあり、紋付き袴の役者衆がズラリと勢揃い、「石切梶原」と「道成寺」の方々を除き、中央に芝翫、菊五郎、吉右衛門、田之助等が並び上手下手より鬼が現れ、豆のつぶてを受けていました。3階にも歌舞伎座の人がきて配っていました。私は舞台に気を取られて気がつかなかったのですが、お隣の男性が頂いてきたのをちょっと覗いてみたら、赤い大入り袋に豆が入れてあったようです。豆まきのことは知らずにチケットを取りましたが、来年は又節分の日に観劇したいです。そして豆が頂ける前の方のお席を確保したいと思います。

歌舞伎座夜の部初日

初日夜の部に行ってきました。
「重の井」は本当の親子ですから感情移入が楽でしょうね。抱くところなど自然すぎて、却って屈折した母子の思いは薄いように思いました。
「船弁慶」は能を意識して、大道具もいつもと違う。松羽目の松の色も渋色になっています。明治の初年に能楽と三味線音楽とが合体して「吾妻能狂言」という新しいジャンルが作りだされました。この運動自体は廃れてしまいましたが、この時に能から取った曲が所謂「松羽目物」として現在上演されています。今回の玉三郎の「船弁慶」は明治に作られた「吾妻能狂言」を意識して能楽の舞いとして踊っていたように思います。足の運び、身体の動き等が能の舞いのようでした。後シテは雄壮さには欠けますが「平の知盛幽霊なり」と名のっての花道のところは雰囲気たっぷりで良かったです。もう一つ、長唄三味線タテの勝国さんをはじめとする勝派の皆さんによる長唄の演奏が見事でした。間も良し、音も良し、演奏が生き生きしていました。この長唄を聞くだけでも価値ありです。
最後の「松浦の太鼓」はこの時期にみる楽しさが何よりのごちそうで、14日に観られる方は幸せでしょう。やはり5月に「紅葉狩」とか2月に「伊勢音頭」とかは観たくありませんね。季節感が薄れてきた昨今、せめて舞台は時期に合った狂言を出して欲しいです。打ち出しも気持ち良く、師走の忙しさも忘れてしまいそうな気分でした。

お越頂きありがとうございます。

新居にお越頂きありがとうございます。
前の所より多少改善され居心地が良くなったようです。
これからもどうぞよろしくお願い致します。