明治版世話物「水天宮利生深川」
「水天宮利生深川」は明治18年(1885年)2月千歳座初演。千歳座は類焼した久松座の跡地に建てた小屋(現在の明治座)で、この2月はこけら落しの記念すべき公演でした。劇のモチーフを水天宮の御利益としたのは土地柄も加味してのこと。全3幕の内「筆幸」は第2幕目にあたり、この筋の他、小天狗要次郎という泥棒を主人公とする話があります。初演はこの要次郎と幸兵衛の二役を五代目菊五郎が演じました。
「水天宮利生深川」は「散切物」というジャンルになりますが、没落士族を主人公にした特異な作で、明治維新という大変革がもたらした悲喜こもごもの諸相をとらえた佳品であります。世は文明開化、洋服、洋食、洋楽と生活が欧風化され、劇界でも「演劇改良」運動が盛んに唱えられた頃でした。こういう時代背景で書かれたことを頭に入れると、舞台の随所に「時代」というものを感じます。
「散切物」は明治版世話物ですから、一見新しいものに思えますが、根本理念は同じ「勧善懲悪」です。明治政府の発令により、芸人俳優は教部省の監督下におかれ、史実ないし事実本位ということ、勧善懲悪の思想、上品高尚、この3点を主眼にするように定められました。
私が「筆幸」をみたのはかなり昔で、ほうきを持って気が狂うところしか記憶にありません。ですから今回が初見という感じです。観る前は、幸四郎の世話物かと期待していませんでした。しかし、彼の没落士族の悲哀を感じさせる演技、切羽詰まった心境で気がふれてしまう心理描写などビシビシ伝わってきて、感動しました。様式美というより、リアリティを求められた「筆幸」が幸四郎のニンにあっているのだと思います。芝居は上手い人ですから、いるだけで魚屋、左官屋の雰囲気が伝わるのは難しくても、幸兵衛は演じやすいのだと思います。
今回みて面白く感じた点がいくつかありました。先ず、文明開化の新風物が随所に見られることです。金貸し金兵衛の服装、巡査の登場、人力車をこぐ車夫、など新しい時代になったばかりの東京の市井の風景が写されていて、面白く感じました。
次に対比が見事にかかれている点です。浄心寺裏貧家という幸兵衛の住まい、隣家は二階家で裕福な家、維新の風にうまく乗れない没落士族の一家と、息子のお祝いに清元連中を招き賑やかに騒いでいる隣家との対照を、竹本と清元で聞かせる手法が素晴らしいです。人生の明暗、転変をさらりと江戸前に仕上げた黙阿弥晩年の佳作と言えると思います。又、劇中に清元の話題が出てきますが、黙阿弥は延寿太夫とは昵懇だったそうです。折しも五世延寿太夫襲名の頃、観客にも時の話題として喜ばれたのでしょう。現在の歌舞伎でもニュースや流行りを折り込むのはお得意ですね。
劇の幕切れはハッピーエンド、健全な芝居になっています。
※「名作歌舞伎全集」第十二卷、「筆幸」河竹登志夫解説を参考にしました。

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